Functional meaning of fixational eye movements (1)


この記事では,以下のRucci et al., (2007)の論文について紹介する.

  • Rucci, M., Iovin, R., Poletti, M., & Santini, F. (2007). Miniature eye movements enhance fine spatial detail. Nature, 447(7146), 852-855. https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adu1052

我々人間の眼は絶えず微細に動いている.こうした微細な眼球運動は固視微動と呼ばれる.微細な動きの種類によって,マイクロサッカード,ドリフト,トレモアにさらに区分される.

固視微動の興味深い点として,この微細な運動なしで世界で見ようとすると,見えが消失してしまう(もしくはコントラストが薄れてしまう).この現象は静止網膜像と呼ばれる.古典的には特殊なコンタクトレンズを用いて示され(Ditchburn & Ginsborg, 1952),近年では高速な眼球運動の追従によって被験者に提示する画像を制御することで現象を再現することができる.

静止網膜像によって見えが消失することについては,視覚系の順応によって説明が古典的にはなされてきた.視覚系は一定入力に対して順応するため,網膜上で像が時間的に変化しないと,神経応答が減衰してコントラストが薄れ,ついには消失して見える.ここで固視微動により網膜像の入力を変動させることで,神経応答の順応状態をリフレッシュしているという説明だ.

Rucci ら(2007)が示した重要点は,この微小運動が単に神経応答のリフレッシュをするだけでなく,自然環境の高空間周波数情報を強調する機能的意義があることを示したことにある.

ここで,自然環境は,画像の空間周波数スペクトルが1/f^nに従う視覚入力を指している.この研究では,方位弁別課題の心理物理学的測定を行い,低空間周波数の1/f^nの中に提示された高空間周波数の縞刺激の方位弁別感度,もしくはその逆の周波数の刺激が,静止網膜像として画像提示する場合と通常観察する場合で変わるかを探った.

実験の結果は,低空間周波数の縞の方位弁別感度は変わらないが,高空間周波数の縞の方位弁別感度は,静止網膜像の条件で悪くなることを示した.つまり,固視微動をしながら画像を観察する条件において,高空間周波数の刺激への感度が高くなっていることを示唆している.

一見,この結果は直感に反するように聞こえるかもしれない.眼球を細かく動かし,それらを単に時間平均すると,空間的にはローパスフィルタのように働くため,高空間周波数情報は失われてしまうからだ.この結果を,Rucci らは時空間周波数の再分配として説明している.重要な点は,固視微動によって静的な空間コントラストが時間変調へ写像される点にある.具体的には,様々な空間周波数の縞を固視微動をしながら符号化した場合の時間周波数分布の非ゼロの広がりを解析すると(論文図4b),高い空間周波数成分の方が広がりが大きくなる.これらの時空間周波数分布を時間方向に積分して,空間周波数として計算すると,低空間周波数ノイズが抑制されて,高空間周波数成分が強調されることがわかる.

さらに,固視微動の動きが微細であることから,空間周波数uに対する抑制がu^2と解析的に近似することができ,この点が自然環境の1/f^nの傾きを白色化する機能的意義を持つことを示している. (後半の箇所は後でもうちょっと詳しく書こうと思う.ひとまず記述のみ.)